5年くらい前に、知人は自ら命を絶ちました。
享年29か30くらい。



そしてまた、大切な仲間を失いました。

彼もまた自ら命を絶ちました。享年29。

職場の同僚であり、サッカーのチームメイトでもありました。
本当に 、本当に大切な仲間でした。
退職してから、僅か4日後のことでした。


訃報を聞いた時、「お前もかっ!!」というのが正直な感想です。そして、「検視入るけん、遺体が帰るのって遅いんかな。」とどうでもいいことが先に浮かんできました。
でも、やはり喪失感は大きいもので涙は止まりせん。
どんなにしても 、彼はもう戻ってこない。
もう一緒にサッカーすることもできない。
あの笑顔も、スーパーセーブもみれない。

そう思うととても切ない。




彼は、なぜ死んだのか。



坊やだったからではない。
本当の答えは彼にしかわからない。

計画的立ったのか衝動的だったのか・・・・。

私たちには彼の自殺を止める術がなかったのか。彼を苦しみから救ってあげることはできなかったのか。

残されたものたちは、皆同じことを考える。

私の答えは「ない」である。
薄情かもしれないが、それが事実なのではないかと・・・。
心配したり、かまいすぎたりするより、今まで通りが最善だと思うから。何食わぬ顔でいつもどおりがいいんじゃないかと思うから。

しかし、彼が周囲の人間にどう接して欲しかったのかも 、彼にしかわからない。


きっと彼は苦しかったのだろう。
自ら命を絶つことで、苦しみから解放されたのだ。
彼が選んだ道であり、それもまた彼の運命だったのだろう。
それでいいじゃないか。

でも、奥さんを1人にさせてしまったこと、祖父母 や両親より先に旅立ったこと 、友達や仲間を裏切ったことは断じて許さない。
そして、彼の行為が、たくさんの人たちに迷惑をかけたということは、あの世に行っても忘れないでほしい。

自殺って言うのはホント自分勝手な行為であるということ。

そう考えると 、彼はなぜ死んだのか。という問に対して「坊やだからさ。」というわけである。


さて、残された私らは、この哀しみを乗り越えべばなりません。
そして、彼の分まで頑張らねばなりません。



先日、夜勤で「人は何故生きなければならないのか」と問答してました。
生きるために、働いて、食べて、わざわざそこまでして、長生きする必要があるのか?
ってか、何の為に産まれてくるのか。全く生きるという意味がわからん。なにが面白いのか。と。
だからって自殺願望があるわけでもないですけど・・・・。

ますますわからなくなりました(笑)

ただいえることは、産まれてきたからには、やはり生きなくてはならないのだと。それもまた運命なのでしょう。


私の心にも、みんなの心にも、キラキラしてた彼がいますように。
永遠に仲間だよ。
みんなそう思ってるから。


あの世で、酒でも飲んでちょ。
試合の時は、降臨してゴール守ってな。

ほなね。